平和な家庭シリーズ(2)
子供は神様の賜物
西舞子バプテスト教会 牧師  表 博之
2000年を迎えて日本の社会に大きな変化が起こっています。働き場の変化や企業のあり方の変化。さらには情報手段に大きな変化が見られるようですが、もう1つ、とても大切な変化が起こっています。それは「高齢者」の増加というよりも「少子化」という問題ではないでしょうか。国家、社会の将来を担う子供たちが少なくなっているのです。

人の幸いを考えるときに大切なのが将来性ということでありましょう。「将来の発展」という希望はとても大切なことであり、人の安心や充実感から得られる幸いを左右することになります。若い人々が高齢者の人々を様々な意味合いで支えて行く・・・。 いずれ彼らも大人になり、高齢者となり、若い人々の支えの中で将来を安らかに過ごす。このように、人の社会は発展して行くのです。

聖書には結婚に関する目的が明確には4つの意味合いで教えられていると言えるでしょう。
1つ目には「生めよ。ふえよ。地を満たせ。・・・」(創世記1章28節)
2つ目には「人が、ひとりでいるのはよくない。わたしは彼のために、彼にふさわしい助け手を造ろう。」
3つ目には「不品行を避けるため、男はそれぞれ自分の妻を持ち、女もそれぞれ自分の夫を持ちなさい。」(第1コリント7章2節)
4つ目には「この奥義は偉大です。私は、キリストと教会とをさして言っているのです。」(エペソ5章32節)

結婚の目的は子孫を残し、互いの助け手となり、生理的欲求を満たし合い、夫婦の強い結ばれた愛を通して、キリストと教会のすばらしい関係を現わすという意義です。 このような点からも明らかなように、子供の出産、誕生、教育はとても大切ですばらしいことです。1人の子供を生み、育てるということは、夫と妻に与えられた共同事業と言ってよいでしょう。それはとても大切で、難しい働きなのです。

どんな時代でも、人間の罪深さの故に、多くの苦労がありました。現代だけが大変なのではありません。その時代、時代に問題があったというのが、より真実に近いでしょう。

ですから、とても大切な家庭に関する、その中でも子供に関する哲学は、「子どもたちは主の賜物である。」ということです。 子供たちはどんな子供であっても、一人ひとり、神様からあなたに与えられた、相続財産のようなすばらしい祝福なのです。

私のクリスマス
大迫 孝子姉 
ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が、私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。  イザヤ書 9章6節

12月ともなれば、あちこちのデパート・商店では、美しいデコレーション、華やかなイルミネーション、クリスマスソングとクリスマス一色に変えられます。クリスチャンに関わりなく、今では年末の心温まる楽しい行事の1つとして定着してまいりました。

私の幼い頃には、まだまだ西洋のものとの見方があって、家々でお祝いすることは少なかったようです。それでも、サンタクロースのお話を素直に信じ、その日の夜には、期待を持って眠りについたことを思い起こすことができます。きっと、親は、子供の可愛い夢をかなえてくれたのでしょう。

やがて、私も子供を持つ親になり、同じように楽しみなこととして行っていましたが、クリスマスの本当の意味を知ることはなかったのです。

しかし、それもある時期から(エホバの証人の教えを信じるようになって)、クリスマスを忌むべきものとして、避けるようになりました。

彼らは、聖書を神のみことばと信じていると言うのですが、実のところは、組織の独自の教義によって、『クリスマスは異教の祭りに由来する』、『キリストの誕生を祝うよう命じられていない』、『12月25日の日付の根拠』などを理由に禁じていたからです。

また、誕生日や祝祭日を祝わない数多くの戒律を定めています。

もちろん、クリスマスが商業主義に利用されていることは問題ですが、それでもひとりのお方の誕生が、2000余年に渡り、世界中の多くの人々にふれ告げられてきている事実は何を物語っているのでしょう。

私にとっても、欺きの教えから解かれ、イエス様を自分の救い主と信じた10数年前から、初めてクリスマスは大切な意味あるものになりました。

聖い神の御子が、この世界・罪深い世に来てくださったのは、私たちのすべての罪(内心の汚れも含む)と死の束縛から解放し、神との永遠の交わりの中に生かすためだったのです。

多くの方々は、イエス様が十字架で死なれたことはご存知のようですが、その死は、あなたの、私の身代わりの死、つまり私の罪の罰を代わりに受けてくださったことを意味しています。そのことを心から信じるなら、その恵みに与かれるのです。それほどに、神様は私たちを愛してくださっているのです。クリスマスには、こんなすばらしいメッセージが伝えられているのです。

今年のクリスマスもイエス様が私にしてくださった深い恵みに感謝し、賛美することができる礼拝を献げる時をもてることはなんと幸いなことでしょう。