「多くの実を結び、神に栄光を!」  ヨハネ15:8
2010年5月23日  第4聖日            西舞子バプテスト教会  牧師 表 博之

創造論に基づく人生観(19)    ―ある高校教師の気づきー

「あなたがたは、実によって彼らを見分けることができます。」 (マタイ7:16)

先日、苫小牧の小崎先生より、「苫小牧民報、2009.12月15日号」の記事を送っていただきました。その記事のタイトルは「進化論とわたしたち」でした。公立高校の理科の教師をされていた方ですが、その要旨を紹介いたします。
記事を書かれた先生は「進化論」を教えてこられたのですが、常々、進化論について大変大きな疑問を感じておられました。第一の疑問は、進化論は根本的には人間を「単なる物質」にすぎないと見ていることです。進化論によれば、わたしたち人間も他の生物と同じく物質、すなわち分子の塊にすぎません。それによって、人間が他の物質や動物よりも尊いとされていることの説明が全て不可能となってしまいます。第二の疑問は、実は進化論そのものが、科学的信頼性においてかなり揺らいでいるということです。苫小牧市で講演会が行われ、講師の筑波大名誉教授 村上和雄博士が「進化論は証明された事実ではありません。科学者はもっとこのことを語るべきです。」と語られました。イギリスの自然科学雑誌「ネイチャー」(2007年1月15日号)の論文記事に「進化において、本当に中間の段階といえる化石が見つからないことを考えると、進化ではなく、知的な存在によって生物がつくられたと考えることも否定できない。」という趣旨の部分があります。進化論の問題は結局は「人間とは何か」ということに深くかかわってきます。すなわち「人間はなぜ尊いのか。」ひいては「人間の生きる意味や幸福とは何か。」など、人間や人生の根源的な諸問題にかかわるのです。わたし(記事の著者)は「進化は本当にあったのか、それとも生物は知的な存在によって造られたのか。」ということについて、みなで考えてみることが最も大切であると考えます。
以上のような内容が記事に書かれていました。とても興味深い点は、理科の先生が、科学的には進化論には問題があると気づかれていることです。ご自身の長年の疑問を、村上和雄博士の講演の中で確信されたことが記事を公開する切っ掛けとなられたのでしょう。この記事の中で強調されているもう一つの点は、人間の尊厳を進化論は十分に答えられないということです。美しい自然界にはすばらしい秩序があり設計があると言えましょう。草花、昆虫、鳥、魚、そして動物の生態がわかればわかる程、偶然ではなく知的な存在によって作られたことが、より自然な合理的認識となるでしょう。

 

報告と予定

1.本日の第一礼拝では、中国宣教師 佐藤正春先生より、第二礼拝では義宣兄より、メッセージを伺います。

2.本日の第二礼拝後、運営委員会を行います。委員の方々は参集下さい。6月の諸集会、9月のディキャンプ、教会ビジョンについて検討します。

3.今週の木曜日、セネガルで20年間労しておられます松本弘子先生をお招きしての集いを行います。多数参加下さい。昼食はタコメシフェロシップです。

4.5月第5聖日の午後1:00-3:00pm教会神学校が行われますので参加下さい。昼食は各自で準備下さい。


5.5月29日(土)若いファミリーのフェロシップを目的としたフェロシップ、バーベキューが行われます。詳しくは三木兄姉まで

6. 6月は関西単立バプテスト神学校のカンファレンス(6月14日−18日)が行われ、内外より兄姉が来教されます。
  6月9日(水)10日(木)  ハーパー師家族
    20日(日)      ホワイト先生
(※今年のカンファレンスにはアラバマ州マウンテンビューB.C.より15名の聖歌隊が参加)


7.和田姉の手術が無事終わりました。肥田望兄、馬渡みどり姉も無事帰国。感謝。 26日(水)に渡米される林田姉のためにお祈り下さい。