「よき礼拝者として」祈りと賛美に励みましょう。 ヤコブ書5:13

2008年5月11日第2聖日               西舞子バプテスト教会  牧師 表 博之

「母の愛と神の愛」

「そのとき、ゼベダイの子たちの母が、子どもたちといっしょに イエスのもとに来て、ひれ伏して、お願いがありますと言った。
…人の子が来たのが、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためであるのと同じです。』」       (マタイ20:20、28)

ヨルダンを旅行中、ヨルダンのガイドの方が、「ヨルダンは安全な国です。一年中殺人事件は多くても一件程です。」と誇らしげに語っていたことを思い出します。今、日本社会では残念なことですが毎週のように人が殺されたというニュースを耳にするのです。単純な比較は出来ませんが、確かに、私たちの社会は安全なところとして誇ることが出来なくなってしまったのではないでしょうか。
人のいのちが、自らを含めてあまりにも軽く扱われるようになってきました。 聖書の神は、いのちの尊厳を教え、いのちを育むために家庭という、最も社会の基本となる単位を定められました。父親の責任感とリーダーシップ、母親のやさしさと自己犠牲的な家庭での働き。3人から10人程の小さな家庭という社会の中で子供は育つのです。本来どのような状況の中におかれていても、10ヶ月の出産までの苦労と新しい命の誕生、しかも自らの命を分け合った命の誕生に感動しない母親はいないでしょう。もちろん父親もその感動を分かち合うべきなのです。幼い命はそのような母の愛によって初めて育てられるものなのです。誰もが分かるように乳児は母の労苦なしに生きることが出来ません。家庭の中で両親から自分の誕生と養育の労苦を聞かされ感謝を学習するのではないでしょうか。「お母さん!僕を、私を生んでくれてありがとう。」「あなたが生まれてうれしいわ」このような思いと言葉がしあわせな人生、家庭の土台となるのではないでしょうか。そしていのちの尊厳も・・・。
母の愛のすばらしさと限界があります。ヤコブとヨハネ(ゼベダイの子)の母は、自分の子供の出世、保身を願ってキリストに良い立場を求めました。人の内にある自己中心性、貪欲が神と神の計画を無視する時、家庭、そして社会に混乱が生じ、自他共にいのちの尊厳が失われてしまうのです。母の愛は神の愛を現しているのですが、それは自己中心性のために完全な現われとは言えません。キリストの十字架において示された神の完全な愛を今一度、見つめなおそうではありませんか。

報告と予定

1.本日は母の日感謝礼拝です。 牧師が聖書から分かりやすく「母の愛と神の愛」をテーマにして語ります。家庭の役割の大切さが叫ばれている昨今、お母さんの愛がどんなに必要かを覚え、感謝する時としましょう。

2.御婦人の方々をお迎えしての昼食交わり会(1:00pm〜2:30pm)    主人会・ユースの協力で婦人の方々をお招きしての食事と交わりの集いを行いますので、お気軽に参加下さい。

3.本日は礼拝に引き続いて5月の事務集会が行われますので会員の方々は参加下さい。

4. 来聖日(18日)は第一・第二礼拝共に中国宣教15周年の集会となります。29年間(台湾宣教より)を振り返り、主の導きと守りに感謝。これからの働きの上に祝福をお祈り下さい。 聖書出版、中国宣教のために、祈りと献金の支援をよろしく。

5.今週の火曜日の午前中、ボブ・ジョーンズ大学の学長、ボブ・ジョーンズW世が神学校にこられ、特別講義が行われます。

6.今週の水曜日5月14日の祈り会では、イスラエル建国60周年を記念しての「成就されている聖書預言」と題しての講演が行われます。


お祈りください


☆今週夏休みで日本に戻ってこられる望兄のため。
☆22日から2週間の予定で渡米される林田姉のために。