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救いの証し
小崎 聖美 クリスチャンの両親のもとに生まれ、小さな頃から全能の神様の存在を知り育ちました。イエス・キリストが全人類の罪を贖うために十字架にかかられ3日目に復活されたこと、人は死んで終わりではなく永遠のいのちがあることなど、子供なりに理解していました。小学校1年生の時「死んだら神様がいらっしゃる楽しい天国に行きたい」という子供ならではの純粋な気持ちからイエス・キリストを自分の神様として信じました。しかし、私が罪人であり、私の罪のために身代わりとなって十字架にかかってくださったということを自分自身のこととして受け入れ、救いの確信と喜びが与えられたのはずっと後になってからのことでした。 献 身 牧師家庭という環境で育った影響もあってか「日本の教会の少ない所に誰か教会をつくってくれないかな」と、幼い頃から漠然とした思いがありました。中学生の夏のバイブルキャンプにおいて神様は私に強く語ってくださいました。どのような役割であっても神様に仕える一生でありたいと願い、献身の決心をしました。 苫小牧開拓伝道 私たち夫婦には「教会の少ない所での伝道」という願いがありました。結婚してすぐにでも開拓伝道に出かける心の準備がありました。しかし、神様はもう一度私たちの思いが本物であり真実であるか吟味する時間を与えてくださいました。でも、時が経つにつれ待つことがしんどくなり、この先どうなるかわからず不安でイライラ過ごす日が多くなってきたとき、ふと自分の考え方に過ちがあることに気付かされました。私はあまりにも自分の思い、意見を優先させようとしていたのです。そこで「神様の御旨が私をとおしてなされることを願う者でありますように」と悔い改めの祈りをしました。それからすぐ主人から「これから開拓にむけて動いていこう」と声をかけられたのは結婚してちょうど10年目のことでした。待つ10年というのは非常に長く感じられるものです。しかし、神様の時が必ずあることをもう一度確信できたことは私にとって幸せであり、感謝であります。 それから日本全国の人口に対する教会数などいろいろ調べました。結果いくつかの「市」が候補としてあがりました。その中に苫小牧市があり、教会数が少ないこと、良い教会が少ない、また、札幌と比較してもその差は歴然としたものがありました。私たちはこのことを覚え、神戸からとても遠くでありますが南北海道へ開拓伝道の働きに与からせていただけることになりました。神様の御恵みを感謝し、1人でも多くの魂が救われることを願ってやみません。 「神はみこころのままに私たちのうちに志をたてさせ、事を行なわさせてくださるのです。」(ピリピ2:13) |
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